● 足がら山物がたり
発行 ボーイスカウト日本連盟
(昭和54年3月)
●ツキノワのまき
五、赤い花の悪ま
山々の雪がとけると………
春を知らせる足音のように、足がら山の谷川に雪どけの水が、ごうごう流れて――やがて、せせらぎの音ものどかに、さわやかな緑の風が吹き始めました。
そして、あたたかい光をあびて、まず、まっ先に、ゆきやなぎが芽を吹き、次につばきの花がほころんで、もくれんの花もいいにおいをただよわせました。
川原のつつみに、つくしんぼうが頭を出すころには、若草も緑にもえて、ゆらゆらかげろうが立ちのぼっていました。
またそのころになると………
金太郎が、母と一しょに苦労してたがやした畑にも、黄色い毛せんをしきつめたように美しい菜の花が、丘一面にさきそろって――黄ちょうやもん白ちょうが、春のまいをまって、ひらひらと花から花へ飛び回り、そして、みつばちや花ばちも、花畑の仕事に一生けん命精を出して、せっせと働いていました。
それから、また、しばらくたつと、丘の南がわの、たちばなの木にいっぱい白い花が咲いて、その木の根が持ち上げている地面の、デコボコ道で大勢の山ありが、ぼつぼつ春の仕事を始めようと、みんなで助け合って、畑の肥料にやった川魚のほね切れを………
「えっさ、えっさ――」
と、かつぎ上げて、自分達のすへ運んでいました。
また、その少し前ごろから、冬眠のゆめから覚めた山々の動物が、長い間の空腹をみたそうとえさをあさりますが、なかでもむささびは、山一番の食いしんぼうで、なんでもかんでもコリコリ、コリコリかじります。
そして、夜になると、林の向こうから………
「カツカツカツカツカツカツカ―ラッ――」
と、ものすごいさけびを続けて、山のみんなをおそれさせます。
こうしたことが、しばらく続いて………
夏が、すぐ、目の前へやって来ると、川原やつつみの石あなから、一番ねぼ助のへびやとかげが、やっと長い冬のゆめから目を覚ましてはい出し、湯気を立ててわき出している温泉の周囲へ、みんなぞろぞろはい寄って行きました。
また、くぬぎ林の中では、からからぬけ出したばかりの、かぶと虫やくわがたが、からだの三分の一もあろうと言う大きなつのやはさみで、くぬぎの木の皮をむき取って、皮と身の間から、チュウチュウうまそうに、くぬぎのしるをすすっていました。
やがて、夏が来て………
つつみの石あなからはい出した石がめが、川原の水たまりで泳ごうと思いました。が、こ年は、どうしたことか、川原に水たまりが少しもありません。
それは、とのさまがえるが、
「ゲロゲロ、クェクェ――」
と、歌い出すつゆの初めごろから、まだ一てきの雨も降らなかったためです。
で、夏の初めがやって来ると、谷川の流れさえ、だんだんかれて、深い滝つぼの他には、岩間に少し水だまりが、ところどころ残っているだけでありました。そして、その残り少ない水たまりの中で、げんごろうやみずすましが心細そうに、川魚の子ども達を追っかけ回していました。
そして、また、谷川の流れも、日に日に細まって、とうとうかれ上ってしまいました。しかし、深いふちを作っている滝つぼだけは、いく日晴天が続いても、まんまんと青い水をたたえて、すずしい山風にさざ波を立てて、金太郎親子と、野じかの家族の命をつなぐにはじゅう分な水がさをたくわえていました。
こうして峠は、からつゆのままあちらこちらの松林で………
「ギーギー、――」
はるせみが、やかましく鳴き出しました。
それで、金太郎は――ここでさえ、飲み水が、滝つぼだけになってしまったから、野うさぎのすや、くまの岩屋のあるもっと川上ではどうなっていることだろうかと、子うさぎのヤトや、子ぐまのツキノワのことが心配でなりません。
と言って毎日、畑の水やり仕事がいそがしいので、川上まで行ってやることさえできません。
話は、変って
子うさぎのヤトは、去年の秋、くりの実を取入れてから半年目で、もうりっぱな野うさぎに成長していました。
そして、この日照り続きで、こちらがわの、日かげの少ない岸では、若草がおおかた、かれてしまったので、弟うさぎ達を連れて、ひ上った谷間を渡って、みんなで向う岸のひのき山のふもとで、毎日のようによもぎつみや、若草がりの仕事にはげんでいました。
だが、ツキノワは、まだ子ぐまです。去年の冬には、せ中で雪すべりすることも出来るようにはなっていましたが、小じかのジロッポと同じように、半年や一年では、おとなぐまにはなれません。
しかし、ツキノワも、冬ごもりがすんで春になって岩屋のあなをふさいでおいた雪のかべをこわして出て来ると、しばらくはやせていましたが、むさぼるように食物を食べるごとに、ぐんぐん急にからだも大きくなって――谷川をさか上って来るやまめやいわなを、自分でつかみ取れるようになっていました。
また、太ったからだでも、谷間の岩から岩を飛び回るかじかさえ、す早く取りおさえることが出来ました。そして、また、日本の谷川だけに住んでいると言われるさんしょううおのはんざきと組打ちして、これをとらえたこともありました。
でも、雨が降らなくなってからは、こと谷川の上流には、いつの間にか、やまめもいわなも、どこへ行ってしまったのか、すがたを見せなくなってしまいました。そして、岩の間のさわがにも、水気のない岩あなのおくで………
「ブッブッ――」
毎日、不平のあわを吹き立てて、日当たりの強いあなの外へは、いっこうに出て来そうもありません。また、谷川第一の働き手と言われているかわうそも、川水が少なくなってからは、川仕事が出来ないので、川下の滝つぼまで下って、かせぎ場を変えてしまいました。
………で、ツキノワも川仕事をやめて、峠の北がわの谷へ山仕事に出かけました。そして、山たにしを拾い集めようと、深い落葉をかきのけると、いくら日照りが続いていても、この北向きの谷は、しめり気が多いので、おもしろいほど、ころころと山たにしが出て来ました。
で、ツキノワは、喜んで………
「あったあった――これだけあればきょう一日は、おなか一ぱいごち走になれる――」
と、む中になって落葉をかきのけては、ころころ山たにしをころがして、さて、仕事がすんで………
「さあ、ごち走になるか――」
小声でつぶやきながらツキノワが、うしろをふり返って見ると、せっ角あせを流してころがせた山たにしを、いつの間に来たのか、のりすが一羽、ツキノワには無だんでかたっぱしから山たにしを失けいしているので………
「この、ふとゞきのりすめ!」
と、飛びかかって行くと、のりすは、さっと飛びのいて………
「すみません、すみません、ごち走になってしまいましたよ――」
そうわびて、気まり悪そうに赤みがかった茶色のつばさを、バタバタさせて飛んで行きました。
すると、ツキノワは、急になんだか空腹を覚えて、のりすに食われた山たにしのことが残念で残念でなりません。それで、元気がなくなり、もう帰えろうと、谷間のしだの葉をおし分けて、がけをよじ登ろうとすると、がけくずれの、日当たりのいい地面の上に、大ありの通っている道すじを見つけました。
「しめ、しめ、これで助かった――」
山たにしよりも大好きな大ありを発見したツキノワは、たらたらよだれを流しながら、ここが、ありの道の終点だとねらいをつけて、その地面の上を、ガサゴソ前足でほり返すと深い地面の下から大きなありが、四、五ひきあわてて飛び出しました。
そこで、その上を、ぐっと力を入れてふみつけると、今度は、大勢の大ありが足の下からぞろぞろはい出し、ツキノワの前足からみんなゴソゴソからだへよじ登って来ました。
くまは、大ありをなめることが大好きです。それは、ありが、くまの健康に欠かすことの出来ない塩の代りになるからです。
それで、ツキノワも、自分のからだの毛の中へ口先をつっこんで、ペロペロうまそうに大ありをなめました。
が、それでも、大ありが、毛のおく深くまでもぐりこんで、ガサガサ、ゴソゴソ歩き回るので、からだ中が、かゆくてたまりません。
こまりぬいたツキノワは、腹の方なら、前足でもかけますが、せ中の方は、後足をきように後へ回してかいたぐらいでは、とってもかゆみがとまりません。
で、太い松の木の前に、後足だけで人間のように立って、ひぢを曲げたりのばしたり、ガサガサした松のみきにせ中をこすりつけて………
「おっちに、………――」
しばらく体操を続けていましたが、それでも、ますますかゆくなるので、母ぐまに大ありをなめてもらおうと思ってころげるように急いで岩屋へ帰ると………
くまの岩屋では、大さわぎが始まっていました。
と、言うのは、去年の暮れから、とうみんのすきなやまねの兄弟が、寒い冬をこすために岩屋のすみで冬ごもりをさせてもらっていましたが、やまねの兄弟をねらって飛びこんで来た山いたちのために、最前から追っかけ回されて、兄弟は、せ中に黒い太いたてじまのある小さいからだをひるがえして、岩屋の中の、岩かどから岩かどを、青くなって逃げ回っていたのです。
そうなると、お客のやまねを助けるにも、父ぐまや母ぐまの重いからだでは、これも、岩かどづたいに追っかける山いたちを、取りおさえることが出来ません。
で、父ぐまは、プンプンおこりながら下の方から、大きな声を張り上げて、
「こりゃ!この岩屋のお客を、どうしようと言うのだ――」
と、どなりつけました。
すると、その声が、岩屋中で鳴り返って、グワングワンやかましくひびきます。
母ぐまも、ハラハラして、
「私達の岩屋で、そんならんぼうしてはなりません――」
母ぐまらしく、やさしく言ったつもりでも、声に力がこもっていたので、また、岩屋中いっぱいに広がってグワングワン大きくひゞきます。
ちょうど、その時、ツキノワが帰ってきました。そして、このあり様を見ると
「山いたち!止めないか――止めないと、僕があい手になるぞ――」
そう言ったと思ったら、そこは、子ぐまの身軽さで、一番高い岩かどの上へよじ登って行きました。そして、その下を追い回る山いたちの上から、体当たりする覚ごを決めました。
それは、どうしても、やまねの兄弟を助けてやらねば、くまの岩屋の名よにかかわると思ったからです。
で、山いたちが、ツキノワのま下を通ろうとした時、
「今だっ――」
とばかり、ドスンとからだぐるみ飛び下りて、前足で山いたちの、金茶色をした長いしっぽをぐっと取りおさえました。
が、山いたちは、す早くしっぽを細めると、ツキノワの前足からするりっとぬけて、かなわないと思ったのか、
「ここまで、おいで――」
そう言い残すと、サッと、岩屋の外へ飛び出して、短い足でも回転が早いので、すごい速力で逃げて行きました。
「しまった――」
と、思ったツキノワは、
「待て!逃がさないぞ――」
こらしめのために、後から追っかけて行くと、山いたちは、あわてふためいて、すぐ川ばたの、がけの石あなへ、自分の身長の十倍以上もはなれたこちらから、サッサッサッと、三段飛びで飛びこんでしまいました。
そして、すぐ、あなの中から、こちらをのぞいて………
「あま酒進上――」
と、ツキノワをばかにしたように、からかいました。
が、子ぐまでも、ツキノワのからだは、小さい石あなへ飛びこむことが出来ません。
それで、前足を石あなへさしこんで、とらえてやろうと思いましたが、かえって山いたちに足をかまれる危けんがあると思って、あなの前から………
「うう――」
と、一声うなると、山いたちが後ずさりしたので、そーっと近づいて、あなの中をのぞいて見て………
「おやっ、へびのすだ。うようよしまへびがいるよ――」
と、山いたちにも、知らせてやるようにつぶやきました。
で、初めて気づいたように山いたちが、おくの方へふり向くと………
このあなに住んでいるしまへびの一族が、七、八ぴきも集まって、長いからだでとぐろを巻いたまま、山いたちを、ただ、ひとのみにのんでやろうと、ぎらぎら目を光らせて、こちらをにらみつけていました。
それで、山いたちは、もうツキノワをからかってはいられません。そして、へびなんぞにのまれてたまるものかと、自分の方から先に、しまへび達のとぐろをかき散らしてやろうと思って、首を低くして白いきばをむき出し、しりを高く上げてしっぽをふくらし、ポンポン左右へはねて、へびに飛びつかれないように用心しながら、するどい足のつめをとがらせて、とく意のこうげき法で、じりじりせまって行きました。
だが、しまへび達は、落ちついて、するするっととぐろをとくと、みんな一しょに、ぬうーとかま首をもたげ、まっ赤な口を、さけんばかりに大きく開いて………
「だれだ!昼ねのじゃまするのは、頭から、そっくりのんでしまうぞ――」
そう言って、ペロペロしたなめずりするおそろしさに、山いたちは、こりゃ、自分のはや、つめではかなわぬと思って、急に逃げごしになってしまいましたが、せまいあなの中では、はずみをつける広さもないし、そのうえ、外にはツキノワが、がん張っているので、飛び出すことが出来ません。
そのうち、しまへびの家族達が、うす青く茶色に光ったうろこの、長いからだをニョロニョロうねらせて、だんだん近づき、気持の悪いしっぽが、ちょうど目でもあるように、あちらからもこちらからも巻きつこうと、山いたちをねらっています。
で、本気に逃げごしになってしまった山いたちは、そうなると、たゞもう、おそろしくておそろしくて、カチカチはを鳴らしながら、あなの外のジロッポへ………
「助けて下さい――もう、けっして、やまねを追い回すようなことはしませんから、どうぞ助けて下さ
い――」
と、そう言って、手を合わさんばかりにして頼みました。
こうなると、ツキノワは――いたずら者の山いたちでも、同じけもののなか間です。間ちがいの起こらないうちに、早く助けてやろうと思って………
「じゃア、二度と、岩屋のお客に失礼するようなことはしないな――」
と、念をおしてから、石がきを………
「うん、うん――」
かけ声に合わして、力一ぱいおしてみました。が、どうしたことか、向こうへは、少しも動こうとしません。
それで、今度は、右前足をあなの中に回して、左前足で石かどをかかえ、後の両足で石がきを、ぐっとふんばって………
「うーん!」
と、力を入れてこちらへ引くと、がけ石が、ゴクゴクと動き出したと思ったら、ふいに、こちらへ、すーっとぬけました。
が、そのひょうしに………
「うぁ――」
ツキノワは、大きな石をかかえたまま、ころころうしろへでんぐり返ってくまざさの上をすべって、ずうっと下の土あなへ、ころげ落ちてしまいました。
そして、ツキノワが………
「おやっ、ささぐまのすだ――」
と、気づいて、よく見回すと、そこは、ささぐまが足のつめで、地面を横ななめに深くほって、自分達で作り上げた土あなです。が、もぐらの土あなのように、年がら年中、日の目を見ないような不衛生なすではありませんでした。そして、そのうえ、青々としたささの葉までしきつめて、住み心地のよさそなすでありました。
で、ツキノワは、すのおくの方へ………
「今日は、だれかいませんか――」
と呼んでみましたが、
「――」
なんの返事もないのは、ささぐまの夫婦も日照り続きで、かわうそのように川を下って、どっかへ仕事に行っているのでしょう………
でも、この春生まれたと聞いているささぐまの子はいないかと、横あなのおくまではいって行くと、三びきの子どもがのん気そうに、すやすや昼ねをしていました。
それで、目を覚まさせてはならないと思って、そのまま、そっと帰ろうと、あなの出口の上の、ささのくきに、ツキノワが前足をかけると………
ささの葉の下から三角頭のまむしが、黒味がゝかた茶色のうろこに、ぜにがたのはんてんのある長いからだを、うねうね無気味にうねらせて………
「上って来て見ろ――」
と、毒をふくんだきばを、ぐっとむき出して、今にも飛びつこうと待ちかまえていました。
「こりゃ、こまった――大きなまむしがいる――」
すると、その時、遠くの方から一羽のきじが、美しいつばさを、すうーっとすぼめて、ななめ横にまい下って来て、ささむらの向こうへ降りたかと思うと、いつの間にか、ささの葉の下をくぐり抜けて、まむしのうしろへそっと近づいて、ふいにまむしの首すじを、
「この、毒虫め」
とばかり、するどいつめ先で、ぐっと、ねじりつけるようにしてふみつけました。
まむしも、首すじをおさえつけられては、かま首をふり回すことが出来ないので、自まんの毒ばが、なんの役にも立ちません。
それで、まむしは、ぎらつく目で、下からきじをにらみつけて………
「首を、おさえつけられても、金しばりの術があるぞ――」
と、長いからだを細いしっぽの方から、ぎゃくにからみついて、きじを羽根ごと、ぐるぐる巻きに巻きあげました。
だが、きじは、じいっと自分のからだへ、まむしの思うままに巻きつかせておいて………
「もう、それでいいのか――」
そう念をおしたかと思うと、急にパッ!と一羽ばたき、緑に光るつばさを、力一ぱい大きく広げました。
すると、もうそこには、まむしのかげもすがたも見当たりません。まむしの長いからだは、ずたずたに切りさかれて、ちりぢりばらばらに飛び散ってしまいました。
と、思うと、また、きじも油だんがなりません――最前から、向こう岸の松の木の上に、、きじの、二倍ほども大きい大たかがねずみ色のつばさをたたんで、じいっと静かに、今に飛ぶか今に飛ぶかと、きじの飛び立つのをねらっていました。
で、それを感じたきじは、
「おやっ大たかが、ねらっているぞ――」
と、すぐ、首を地面にすりつけるようにして、自分の羽根色を同じ緑の草むらにかくれながら、しばらくは、羽ばたきの音も立てないようにつめ先で走って、今度は、大たかの大きいつばさでは、とうてい飛ぶことの出来ないくぬぎ林の、木と木の間をぬうように低く飛んで逃げ出しました。
けれど、大たかも、するどい目と勘を持っているので、すぐ、きじの逃げ道を………
「くぬぎ林の南へ逃げたなっ――」
そう、感じると、その手で逃げるならこの手で行くぞと、くぬぎ林の上をまっすぐに飛んで、きじの逃げ口へ先回りしました。
そして、林の下をぬけて来たきじの出っ鼻へ、パッ!と、上から飛びかかって行ったので逃げ場を失ったきじは、
「しまった――」
ちょっと、だじろぎましたが、機びんにつばさをかわすと、すぐ一直線に大空へ、高くまい上がっていきました。
すると、ちょうどその時、
かりにかけては鳥一番のはやぶさが、はい色に赤味がかったつばさをはやめて、空の横合いから、はやてのように飛んで来て、きじと大たかの間へ、サッとわりこんで、大たかのつばさを、きしゅうの一げきで、
「えい!」
と、はげしくけったので、大たかは、
「ふい打ちは、ひきょうだぞ!」
そうさけぶと同時に、バサッバサッと、白い下ばらまで見せて、もんどり打ってよろめきました。
で、きじは、このはやぶさと大たかの一っき打ちの、そのすきに救われて、つばさをすぼめてななめ下へ一直線に、すーうっと、林の中へ降りてしまうと、羽尾音をしのばせていつの間にか、かけるようにして、滝つぼの岩かげまで逃げてしまいました。
五十日余り晴天が続いても、滝つぼの周囲だけは楽園で、峠に住む動物達にとっては、ここは命をつなぐ、たゞ一つの泉(オアシス)でありました。
いまだに、青々と水をたたえているこの滝つぼの水面では、おおみずすましやげんごろう、そして、みずぐものような小さい虫に至るまで、毎日水上ゲームを楽しむことが出来ました。またその水ぎわには、あおさぎやこさぎなどのなか間が、ここばかりに集まった川魚をとらえて、その日その日を気楽に送っていました。
そして、その付近の森や林の中から、つつどり、ひよどり、おおるりなど、小鳥の中でも歌の名手の、美しい声で合唱する山のコ―ラスが、毎日すずしい風に乗って流れて来ました。
それから、また、この滝つぼを取り巻くようにして、いろいろなけもののなか間が、あちらこちらでそれぞれ、楽しい自分達のすを作っていましたが、その中で大きいけものと言えば、ジロッポ達野じかの家族と、裏山の古すに暮らしているきつね夫婦と、くぬぎ林に横あなをほって住んでいるたぬきの一族だけでありました。
そこで、きつねとたぬきは、よく人間をばかすと言われていますが、この山では………
「金太郎さんは、山でもきらわれ者の私達まで、みんな同じようにかわいがって下さるから――いく
ら、ばかそうと思っても、親切な人には、ばかしの術がかかりませんよ」
と、きつねが言いますと、たぬきも、また………
「そうですとも、そうですとも、私らも、いつも人間から、白い目で見られるきらわれ者のなか間です
が、金太郎さんだけには、大変かわいがられています………そのためでもありませんが、これでも、
小鳥の卵をねらうへびや、畑を荒らす野ねずみを退治して、少しは世の中のために尽くしているつも
りですが………」
と、相づちを打ちました。
そうです。きつねとたぬきの言うとおりです………人間からいたずらを仕かけないかぎり、きつねやたぬきの方から、悪だくみを仕かけてくるようなことはありません。
さて、話は、また変わって、そのころ、子じかのジロッポは、毎日のように滝つぼの横から、用水路のズイドウを通って、金太郎の家へ遊びに行きました。そしてジロッポは、いつも金太郎に………
「僕、ヤトやツキノワの所へ遊びに行きたいなァ………」
と、ねだるのです。
だが、長い日照り続きで、畑の作物がかれそうになっているので、金太郎は、
「きょうも、畑へ、水あげをしなきゃならないから………」
と、子じか相手の、山遊びどころではありません。用水路に水車を作って、ガッタンコットン。ガッタンコットン、朝早くから夜おそくまで、畑の水上げ仕事にはげんでいました。
でも、この山にも、長い日照り続きも知らぬ顔で、毎日毎日のん気に昼寝ばかりしている者がありました。それば、滝つぼのすみっこの、どろの中に住んでいるどろがめの家族達でありました。
きょうも天気がよいので、親がめは、がけの上にはい上がって、カンカン照る日に甲らをほしていました。
が、とつ然、バシャンと水の飛ばしりが、半出しのねぼけ顔へかかったので、そっと首をのばし、じゃまくさそうにかた目を開いて見ると、サヽヽヽヽサッと、滝つぼの水面を走るように、さざ波が立って、パッと一勢に水鳥達が、バタバタ飛び立って行きました。
親がめは、また、ねむそうに首を甲らの中へ仕舞いながら………
「さゞ波ぐらいに、バタバタさわいで――水鳥達は、あわたゞしくてこまったことだ――」
そう、つぶやいているすぐその後から、今度は、サーっと、森や林を大きく鳴らして、小じゃりまじりのはげしいあらしが、パラパラどろがめの甲らをたたきつけました。
それで、最前から、岩かげでつばさを休めていたきじも、羽根をあふられて思わず、大空をながめました。
すると、いつもとちがったいやな色の大空を、大きな鳥がつばさを広げて飛んで行くように、真っ黒な流
れ雲がいそがしく、北へ北へ飛んでいました。
で、きじは何か、おそろしいことが、今にも起こるような予感がして………
「こんな日には、早く、すへ帰るにかぎる………」
と、岩かげから、パッと飛び立ったものの、大たかや、はやぶさのしゅうげきにそなえて谷川の流れにそって低く飛んで行きました。
が、ビュービュー吹く山あいの、風にさからっては、速力が思うように出せません………で、思い切って大空へ、高く舞い上がって行くと、右の方に見える相模(さがみ)の海が、海神でも荒れくるっているようなひどいあらしで、山のような白波が高く波立って、ゴーゴー大空までも、海鳴りが聞こえて来るように感じられました。そして、すぐ目の下の山や谷を見ると、森も林も草むらも、はげしいあらしにあふられて、ちょうど緑の波が、大きく波打っているように見えました。
そして、その時、ひのき山から………
「あっ煙だ!赤い花の悪まだ!」
ときじは、おそろしそうにさけびました。
それは、長い間の晴天で、かわき切ったひのきの枝と枝とが、風のためにはげしくすれ合って、自然に火を吹き出したためでしょう。
きじは、たびたび起る山火事のおそろしいことをよく知っていました。山の何物をも残さないで焼きつくしてしまう山火事は、山の動物達にとっても、一番おそろしい悪まです。そして、ふと、去年、ひな鳥をいだいたまま、すの中で焼け死んだ山鳥の母親のことを思い出して、急に、森のすに残した家族のことが、心配で心配で、はげしいあらしの中で、ぐんぐんつばさを速めました。
ちょうど、そのころ………
子うさぎ、いや今は、もうりっぱなおとなの野うさぎになっていたヤトが、弟うさぎ達を連れて、ひのき山のふもとで夏草をつんでいましたが、パチパチ自分達の方へ、もえ広がって来る山火事に気づいて、口々に………
「赤い花の悪まだ!」
「逃げろ、逃げろ!」
「となり山へ逃げろ!」
弟うさぎ達は、うさぎの習性で、すぐ、山へ山へ、となり山へ逃げようとしました。
が、ヤトは、火の手は、いつも上へ上へと、もえ広がることを知っていたので、やがてとなり山へも火事が移るだろうと、ピョンピョン弟うさぎ達よりも、先に山へかけ登って………
「山へ登っては危ない!道を横にとって、下へ下へ逃げるんだ………」
と、大声にそうさけびながら、弟うさぎ達の登って来るのを、みんな下へ降ろしてやろうと、けん命になってさえぎりました。
だが、火の手が、下の方から追っかけるようにもえ上がって来るので、弟うさぎ達は、何をじゃまするのだと言ったように………
「でも、赤い花の悪まが、下から追っかけて来る………」
と、ほのおをおそれて、どうしても、山から降りようとはしません。
で、可愛いそうだと思いましたが、ヤトは、
「聞き入れ無い者は、けり飛ばして、赤い花の悪まに食わしてしまうぞ!」
と、どなって、こわい顔してけり落とすぞと言ったように見がまえました。
これには、弟うさぎ達も、仕方なさそうに、しぶしぶ一羽、二羽と、みんな火の粉の下を、まろびつころげつして、山の中ほどから、下へ下へ逃げて行きました。
が、まだ、うさぎの習性で、上へ上へ――山へ逃げようとする弟うさぎもいるので、ヤトは、頭の上から火の粉をあびながらも、長い間、となり山にがん張って見張っていました。
六、山つなみ
ツキノワは、きじが、まむしをたい治してくれたことを知らずにいました。
で、あなの出口に、まむしが見張っていると思って、しばらくはささぐまの土あなから、帰れそうもないとあきらめたものか、ささぐまの子ども達と昼ねをして帰ろうと、のん気な考えを起こしました。
そして、ささぐまの子ども達のそばへ横になると、すぐねついて、深い土あなのおくでは、時間も分からず、あらしも地面の上を通ってしまうので、何んにも知らず長い間、グウグウぐっすり、いゝ気持でねむっていました。
すると、そのツキノワのね顔へ、どうしたはずみか、火事場から火の粉が飛んで来たので………
「熱っ、熱っつつ――」
と、びっくりして目を覚まし、飛び起きてあなの外をのぞいて見ると、もうもう立ちのぼる黒煙と一しょに、まっ赤な火の粉が、一ぱい飛んで来るので、
「あっ赤い花の悪まだ!」
と、思い出したようにあわてて、あなの中からはい出ると、ピューピューはげしいあらしで、谷向こうのひのき山が、明々ともえ上がっていました。そして空には、いつの間にか夕暮れの雲が流れて、そのうえ、まっ黒な雨雲が、頭の上からおおいかかるように低く飛んでいるので、一っそう火の手が、大きく明るく映って見えました。
「大きな、赤い花の悪まだな――」
と、ハラハラしながら、横吹きのあらしの中を夢中になって、大くりの木の下まで、フーフー息をつぎながら走って行くと、野うさぎの両親やりすの家族も、みんなすの中から飛び出して、わいわいさわいでいました。
そして、野うさぎの両親は、子うさぎ達のすがたが見えないので、ことに母うさぎは、早や泣き顔になって………
「――たしかに、子うさぎ達は、朝早くから、ひのき山のふもとへ、みんなで草かりに出かけたんです
――まだ帰らないところをみると、赤い花の悪まに食われてしまったにちがいありません――」
と、悲しそうになみだを流しています。
で、父うさぎは、これを打ち消すように、………
「でも、そう、くよくよ思っても仕方がないよ――あらしの中の、こんな大きな赤い花の悪までは、見
に行ってやることも、救いに行ってやることも出来ないじゃないか、それに、みんなは、なんとかう
まく、無事に逃げていると思うんだが――」
………母うさぎを元気付けるためにそう言いましたが、本当は、父うさぎも心の中では、心配で心配でなりません。
すると、また、母うさぎが、
「無事に逃げたものなら、とっくにこちらの岸へ、帰って来ているはずじゃありませんか――」
と、なじるように言いました。
だが、この言葉を聞いて父うさぎは、ようよう子うさぎ達の、帰って来ないわけが分かったように………
「ハヽヽ――こちらへ逃げれば風下だから、赤い花の悪まに、みんな食われてしまうじゃないか――そ
うだ。きっと、子うさぎ達は、風上の向こうの方へ、うまく逃げているにちがいない。そして、赤い
花の悪まが、消えてしまってから、ゆっくり帰って来るつもりなのだろう――」
そう言われて、始めて母うさぎも、そして、言った父うさぎまでもが、少し心が落ち付いて来ました。
と、思っていると、そのそばから、親りすの一ぴきが、口をはさんで………
「子うさぎさんのことも心配でしょうが、今となってはそれよりも、われわれの方が、早くこゝから、
引越しておかないと――なんと言っても、命あっての物種ですからなァ――」
そうしゃべりながらも、おく病者の親りすは、山火事がおそろしくておそろしくて、大きなしっぽを小さく細めて、カチカチはを鳴らしながらふるえていました。
が、父うさぎは、こんどは、思いの外元気そうに………
「いや、そんな心配はいりませんよ――どんなに大きな赤い花の悪までも、この谷川だけは渡れないと
思いますから、もっと落ち付くことが大切です――それに、なるべくここにおってやらないと、子う
さぎ達が、帰って来た時に心配しますからなァ――」
最前から、こうした話しを聞いていたツキノワは、これで自分も安心しました。それで、子どものおそろしい物見たさに、もっとはっきり火の手をみようと、大くりの木の中ほどまで、元気によじ登っていきました。
が、ちょうど、その時です。
まっ黒な雨雲の中から、ピカリッ!と、いなづまがきらめくと、ザァーと、大つぶの雨が、たたきつけるように降って来て、すぐ、耳をつんざくような、はげしいかみなりがとどろきました。
で、かみなりぎらいのツキノワは、思わず目をつぶって………
「くわ原、くわ原――」
と、耳をおさえながら、そうつぶやいた言葉も、その半分は泣声です。そして、その泣きづらの上で、また気ちがいのように、ピカッピカッと光り、ゴロゴロ鳴って、かみなりは、滝のような雨と一しょに、まっ黒な雲に乗って、だんだんこちらへ近づいて来ました。
たまらなくなったツキノワが、大くりの木から降りようと、かた足はずした時でありました。目もくらむような、するどい光のいなづまに打たれて、
「助けて――!」
と、さけぶと同時に、
地面をたゝきつけて、耳のこまくも破れてしまったかと思うような、物すごいかみなりが鳴って、気の遠くなったツキノワは、大くりの木からすべり落ちると、もう何もかも分からなくなってしまいました。
それから、いく時間かが過ぎて………
朝になっても降りやまぬ大雨と大あらしの、はげしいひびきにツキノワは、ようやく正気を取りもどしました。そして、キョロキョロあたりを見回して………
「あっ僕らの岩屋だ――」
と思いながら、岩屋の外をながめると、今までに、まだ見たことのないような大雨で、あらしは、立木も吹き飛ばすような勢いで吹きなぐっていました。そして、雨水が急流のように、ゴーゴーひびきを立てて、今少しで岩屋の中まで、流れこみそうな水かさになっていました。
それで、ツキノワは、心配になって来て、そばにいた母くまへ、
「おかあさん――」
と、言ってだきつくと、母ぐまも、ツキノワをだきかえして………
「よかったね、よかったね――もう少しでお前は、かみなり様に、打たれてしまうところだったんだよ
――」
と、教えてやると、ツキノワは、聞きただすように………
「かみなり様、くりの木へ落ちたの――」
そう言って、目を丸くしましたが、母ぐまはすぐ、それを打ち消して………
「いえいえ、くりの木は助かりましたが、そのとなりの三本杉にかみなり様が落ちたので、一番高い杉
の木が、まっ二つにひきさかれて、まっ黒く焼けこげてしまいましたよ――」
「えっ、あの一番高い杉の木に――」
ツキノワは、もしも、杉の木に登っていたら、かみなり様に打たれて死んでしまってただろうと思うと、ぞっと寒気がして、短い首を、一そう短くちじめました。
そして、また、そ―っと首をのばして、今度は、岩屋の出入口の方へ目をやると、そこには、この山で一番年かさだと言われる父ぐまが、いつもとちがってむっつりとした顔付きで、大空一面にまだ、まっ黒くおおいかかって、なかなか去りそうもない雨雲をながめていました。
が、ツキノワの目を感じると、ひとりごとのように………
「ひょっとすると、山つなみになるかも知れんよ――そんな時には、丸木橋を渡って、峠(とうげ)の
一番上へ逃げるんだなァ――」
そう教えるように言ってから、また、心の中で、逃げる時の計画を立てていました。
それは、けもののかんで、いくら日照り続きの後でも、こんな大雨が三日も降ると、山つなみがやって来て、森も林もみんな、だく流にのまれてしまうことを、父ぐまは、もうなんべんも経験しているので、いやになるほどよく知っていたのです。
風は、少しやみましたが、足がら山に降り続く大雨は、きょうでちょうど、三日目の朝をむかえました。
そして、だく流におし流されて、つつみの一部がくずれると、そこからあふれ出した大水は、初めは、白波を打って流れていましたが、だんだん広い地面一ぱいに広がって、野じかのすも、いつの間にか、油のにじみこむようにこう水につかってしまいました。
で、父じかは大声に………
「さぁみんな、私について来るんだ――だが、あわてると、足を水に取られるから、用心して歩くんだ
よ――」
と注意して、家族を連れて雑木林まで出て来ると、あらしのために立木が、あちらこちらにたおれていました。そして、そこも、深い落葉がういてしまっていたので、たおれた立木を飛びこえながら、落葉の上を浅せを渡るようにして通りぬけ、少し川上で、水のあふれ出していない高いつつみの上へ登っていきました。
が、川原は、見わたすかぎり一面に水があふれて、川の流れが深いので、どこから歩いて渡ることができません。
「――これじゃ仕方がない。みんなで泳ぐことにしよう。流れが早いから、ななめ横に川下の向う岸
へ、流れに流されながら泳いで、金太郎さんの家のある丘へ逃げるんだ――」
そう、父じかが教えると、母じかも賛成して………
「それが一番安全です――私は、子ども達の後から泳いで行きますから、おとうさんは、先に泳いで下
さい――」
話が決まって、父じかが、最初にだく流へ飛びこむと、続いて子じか達も、ジャボンジャボンと飛びこみました。そして、最後に母じかが流れにはいって、みんなで用心しながら流れに乗って泳ぎ出しました。
が、子じか達は、こんな強い流れを泳ぐことは、生れて初めてですから、みんなヒヤヒヤしながら泳いで行きました。
その様子を見て母じかは、後の方から………
「――水を飲まないよう頭をあげて、元気に泳ぐんですよ。流れに負けてはいけません。四本の足を休
ませず、交代に働かせて流れをかくんです――しかのなか間は昔から、泳ぎにかけては、どんなけも
のにも負けたことはありません――だから、お前達もしっかり泳ぐんですよ――」
と、大きな声で、声えんしました。
そうです。母じかの言う通りです。しかは泳ぎが、他のけものよりも達者で、遠い海を島から島へ、楽々と泳ぎ回る大じかさえあります。 それで、ジロッポも初めの間は、少し水を飲みましたが、母じかの声えんで父じかの後に続いて、どの子じかよりも早く、向う岸へ渡り切ることが出来ました。
それで、ジロッポは、うれしくてうれしくて、父じかよりも先に立って、飛ぶように丘を登って金太郎の家へかけて行きました。
が、金太郎のすがたは、家のどこにも見当りません。で、がっかりしていると、野じかの家族もみんなやって来ました。
すると、その足音を聞き付けた金太郎の母が、家の中から出て来て………
「――みんなも、達者でよかったね、金太郎は今、滝の上手で仕事をしていますが、お前達は、山つな
みの終るまで、ここにいる方が安全ですよ――」
と、やさしくいたわりながら、野じか達を裏の小屋へ連れて行きました。
そして、かわいた布を出して来て………
「まぁ、こんなにぬれて、これでは、けものでも病気にかかりますよ――」
そう言って、野じか達のぬれたからだを、すっかりきれいにふいてやったので、父じかも母じかも、うれしそうに金太郎の母へ、からだをすり付けて来て、前足でトントン地面をたたいて………
「ありがとうございました――」
と、感謝の喜びを表わしました。
で、子じか達も両親を見習って、しかの習性であるトントンと、みんな前足で地面をたたいて喜んでいると………
「この大雨では、みんなも食べ物がさがせないから、おなかがすいたことでしょう――」
金太郎の母は、そう言いながら、よくじゅくしたいちじくの実を、大きなかご一ぱい重そうに出してくれました。
「ごち走だなァ――」
と、子じか達は、三日間の長雨で食べ物らしい食べ物は、少しも食べていませんから、すぐ、飛びつくように、かごの周囲へ集まって来ました。
すると、母じかが横から………
「おぎょうぎよく、みんなでいただくんですよ――」
と、子じか達をたしなめました。
それで、ジロッポもみんなと一しょにぎょうぎよくいちじくをごち走になりました。
そしてしばらく、うす暗い小屋のすみずみまでよく見回していましたが、とつ然
「ヤトだっ、ヤトがいる――」
そうさけびながらもジロッポは急にうれしくなりました。
それは、心配していたヤトが、この小屋のすみの方で、しき草の上にねていたからです――山火事で弟うさぎを救ったヤトは、やけどの手当てをしてもらって、そこにねていたのです。そして、弟うさぎ達も、みんな無事らしくそばにいて、初めて見る野じかの大きいからだ、ことに父じかの大づのを見て、かわいい赤い目をパチクリさせていました。
そのころ――金太郎は、滝の、すぐ上手の岩の上に立って、あらしにたおれて流れて来る立木をのけようと、大雨に打たれながら流木よけの仕事に励んでいました。
もしも、滝の上手の岩々にじゃまされて流木の山ができると、川の流れがせき止められて大水が横へ切れてあふれ出し、自分達の畑も家も、こう水のためにおし流されてしまいます。
で、金太郎は、じょうぶなふじづるでなったつなを使って、とく意のかけなわで流木を引き寄せる仕事に、一生けん命働いていたのです。
だが、仕事中でも友達のことが――ヤト達は、助けてやって小屋にいるし、ジロッポの家族も少し前に、流れをこちらの岸へ逃げて来て、丘へ登って行ったのを見たから心配ないが、ツキノワは、どうしているだろうかと、仕事に励みながらも、心の中では、そのことばかり気にかかってなりません。
ところでその川上では………
第一にささぐまの土あなが、次にしまへびの石あなが、そして、きのうのま夜中ごろからは、野うさぎの石だたみまで、すっかり大水につかってしまって――みんなは、びしょぬれになったまま峠(とうげ)の上へ上へと逃げて行きました。
また、小鳥達のすも大雨に打たれて、枝からたたき落されて流れて行くものが、数え切れぬほどありました。
で、くりの木の、枝と枝との間に作られたりすのすも、二日目から雨もりで、ピチャピチャぬれて弱っていましたが、その木の太いみきに大きなうつろがあったので………
「さぁ、こんな時には、ここへひなんするにかぎりますよ………」
と、りすの家族は、みんなそこで、この長雨をさけることにしました。
ところで、くまの岩屋では、きのうの夕方から山つなみをけいかいしていた父ぐまが、一晩中ねむらないで、ねむたい目を無理に見張って、あちらへのそりのそり、こちらへのそりのそり、岩屋の門前をなん度も行き来して、水の番をしていましたが、母ぐまは、ツキノワがおととい、くりの木から落ちてからまだねていたので、岩屋の中で外へも出ずに、ツキノワのかん病のために付き切っていました。
それで、ツキノワは、大雨のひびきを子守り歌のように聞きながらスヤスヤねむってしまって――谷川でやまめを取っているゆめを見ていました。そして、きれいな流れをスイッスイッ泳ぎ回るやまめを、今にも、たたき取ろうとした時でありました。あやまって岩の上から流れの中へ、ジャボンと落ちて、
「冷たいっ――」
と、さけんだ自分の声で、思わずゆめが覚めました。
が、それは、ねどこの上から、岩屋の中まで流れこんだだく流へ、ころがり落ちていたのです。
で、あわてて、すぐ、だく流からはい上ると、その時、ふいに、
「さぁ!みんな、向う岸へ逃げるんだっ――」
と、命令するような、父ぐまの、ど鳴る声が聞こえました。
おどろいたツキノワと母ぐまは、あわてて父ぐまの後から、その行手の、あちらこちらにたおされた立木を、もどかしそうに飛びこえたり、くぐったりして、丸木橋のたもとまでついて行くと、こちらがわの岸にかかっていた杉の木の先が、もう半分大水にういてしまって、岸からはなれそうになっていました。また、向う岸の根もとの方も、わじかにみきが、根もとにつながっているだけでありました。
「この丸木橋を渡るんですか――」
母ぐまが、不安そうにたずねると、父ぐまは、急がしそうな口ぶりで、
「そうだよ、丸木橋を渡って、ひのき山へ逃げるんだ――」
と、はっきり言い切るので、
「でも、こんなになっているのに、渡られるんですか――」
まだ、母ぐまは心配そうです。すると、父ぐまが、元気づけるように………
「なぁに、これでも、渡れんことはないだろう。いつまでも、こちらの岸にいると、すぐ今に、山つな
みがおし寄せて来て、みんな流されてしまう――」
父ぐまは、そう答えると同時に、ジャボンと水音を立てて、うきかけた丸木橋に飛び乗りました。
それで、続いてツキノワが、そして、最後に母ぐまが、おそるおそる飛び移ると、その重さで、
ポキッ!と、杉の木の、根もとのつなぎ目が切れてしまって、切れ目のはしが、向う岸のがけを、ガリガリガリっとけずるようにして、ザブン!と、大きな水音を立てました。
これで、もう、杉の木は、丸木橋ではありません。一本の流木、いや、いかだ舟になってしまいました。
すると、ちょうど、その時、川上から、せきを切ってあふれ出したこう水が、立木も岩もなにもかも、ゴーゴーおし流しながら、どっと一度に流れて来ました。
「うわぁ――!」
「山つなみだぞ――!」
親子のくまが、あわてふためいているうちに、だく流におし流されたいかだ舟は、ものすごい速力で、川下へ川下へ走り出しました。
で、三びきのくまは、あまりのおそろしさに、ただ、もう、む中で、杉の木のみきと枝とに、一生けん命しがみついていましたが、それでも、母ぐまは、自分のことよりも、かわいいツキノワが心配で………
「しっかりするんですよ――足のつめをはずすと、波にさらわれてしまいますから――」
と、大声を張り上げて、そう注意しましたが、ゴーゴー流れのひびきが高いので、はっきり聞き取ることが出来ません。
が、ツキノワは、とっさの感じでそれが分かると、
「うゝん、僕、大じょうぶだ!――山つなみなんぞ、少しもおそろしくないよ――」
と、元気にそう答えました。
それは、ツキノワのからだが小さいため、水のていこうが少ないので、流れる杉の木にまたがって、ゆ快でたまらないと言ったように、右の前足をふって見せて、ニコニコ笑っていました。
しかし、くまのなか間が、いくら、しかのなか間に負けない泳ぎ上ずなけものだと言っても、このはげしいだく流にのまれてしまっては、どんなに泳ぎのうまい父ぐまでも、思うように泳ぎ切る自信がありません。
それで、父ぐまは、
「水をあなどると、ひどい目にあうぞっ――子ぐまなんぞここで落ちたら、二度とふたたびうかび上れ
んから――」
と、丸い目を三角にむいて、大声でしかりつけました。
で、ツキノワも、四本の足に力をこめて、しっかりかじりついていました。そして、しばらくの間はげしく流されると、やがていかだ舟は、三びきのくまを乗せたまま無事に、流れのゆるい曲りくねりした川はばの広い所まで流されて来ました。
すると、ふいにツキノワが、うれしそうな声を張りあげて、
「あっ金太郎さんの畑だ――」
そう言って、左岸に見える丘を指さしました。
だが、この岸を、左にそって回れば………
「――すぐ滝だっ」
と、思ったくまの両親は、自分達親子に恐ろしい危けんの、だんだん近づいていることを知って………
父ぐまは、心のうちで、神様においのりしました。また、母ぐまも、口の中で、お念仏をとなえました。
今は神仏におすがりするより外に助かるすべがありません。そして、ただそのご加護を信ずるばかりです。
ところが、子ぐまのツキノワは、あん外平気で、金太郎の家の方へ、だんだん近づいて来ると、せのびするようにこしを上げて、前足を手のようにふって………
「金太郎さん――!」
と、大声に呼んでみました。
すると、すぐ、
「金太郎さん――!」
こだまが、帰って来るのと同時に、
「ツキノワか――!」
と、金太郎の声が、曲り角の向こうから聞こえて来ました。
「あっ、金太郎さんだ。金太郎さんがいる――」
喜んだツキノワと両親が、短い首を出来るだけ高く上げて、下手の方をみると――金太郎が、流れの曲りかどの向こうで、滝のま上につき出た大きな岩の上に立って、真けんな顔をして、とく意のかけなわをかまえていました。
「これで、助かった――」
みんなそう思ったものの、父ぐまは、すぐその後から、心の中に、また、心配がわいて来ました。
そうです。この気持は、金太郎にしても同じです。今度の流木は、ただの流木ではありません。ツキノワ親子が、乗っている杉の木、いかだ舟です。どうしても助けなければなりません。いくら、とく意のかけなわとは言いながら失敗すれば、なかよしのツキノワ親子が、深い滝つぼに落ちておぼれてしまうかも分かりません。
で、金太郎も、心で神様にご加護を願いながら、一心こめてのかけなわを、じーっとかまえて、こきゅうをはかって待ちました。
が、その間もないほどに、すぐ目の前へ、杉の木が流れて来ました。
そして………
「あっ、落ちる――」
と親ぐま達が、全身の毛を、一本残らずさかだたせた時、
すうーっと、かけなわが飛んで来て、へびが大口を開いて、え物に飛びついたように、ガクッと、ツキノワと一しょにいかだ舟、いや、杉の木の枝をとらえました。
が、そのはずみで、杉の木は、ぐるっと白いうずをえがきながら大きく向きを変えると、二ひきの親ぐまのしがみついている重い方が、滝の上から滝つぼの方へ、ぐっとつき出てしまいました。
「しまった――」
そうつぶやいた金太郎が、あわててなわを手もとへたぐり寄せようとした時、どっと波打って来た大波のために、あっと言う間もなく、くまの両親は、高い滝の上から深い滝つぼの中へ、大きな水音をひびかせて、まっさかさまにたたき落とされてしまいました。
で、金太郎は、すぐ岩かどに、かけなわのはしをもやいつけて、ハラハラさせられながら乗り出すようにして、ゴーゴーだく流の落ちる滝つぼをのぞきこむと………
泳ぎ上ずな親ぐま達だけあって、心配する間もなく、しばらくすると水底から、プクプクプクッと白い水あわを立てて、ぽっかり二ひきとも水面にうかび上って来ました。そして、フーと大きな息と一しょに、きりのように水をはき出すと、ぶるぶるぶるっと元気に二、三度身ぶるいしてから、こちらがわの岸へ向ってゆうゆうと泳ぎ出しました。
※この「足がら山ものがたり」は、途中ですがここでおしまいとなっています。
これは、昔話の「金太郎」をモチーフにした創作ものがたりですが、その作者が執筆途中でお亡くなりになったため、ここで終わっているとのことです。
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