● 足がら山物がたり
発行 ボーイスカウト日本連盟
(昭和54年3月)
●ジロッポのまき
三、足あとを消しながら
くりの実の取り入れがすむと、まもなく、つた、かえで、いちょう、ぶな、かば、なら、かきの木の葉まで、一枚一枚色づいて、足がら山は、あの尾根もこの谷も、赤、黄、茶色の美しいもみじでかざられました。
すると、ちょうど、そのころから、富士の山が、いただきの方から、まっ白な雪の衣に着がえ始めました。
そして、大空にキラキラきらめいているお星様も、今までは、地上にいっぱいつゆを落とていましたが、今度は、山のはだ一面に、まっ白いしもを落し始めます。それで、おそ咲きの、りんどう、とりかぶと、ひめじそと言った花までが,みんなしおれてしまうと、ボツボツこがらしが吹き出して、今まで色とりどりに美しかった山々のもみじ葉も、だんだん吹き散らされて、ただ枝の先に残されたかきの実だけが、目にしみ入るように、まっ赤な色を見せていました。そして、かれて散った落葉のなかには、谷川の流れに乗せられて、さびしく流されて行くものもありました。
また、秋の間、やかましく鳴き続けていたまつむし、くさひばり、かねたたきなどの、虫の鳴き場もなくなるほど、秋草の草むらもかれはて、すっかりはだかにされてしまいました。
そのころになると、小鳥も落ち葉を木の上へ運んで行くように、山の動物たちはみんな、寒い冬を過ごすための準備や、すを作るのにいそがしくなります。また、冬ごもりのための食物をためようと、えさあさりにかかりきっている動物もいました。
やがて、とうげにも、身を切るような冷い風が吹き出すと、ちらちら雪がちらついて、寒い寒い冬がやって来ました。そして、ふり積む雪が、あの谷もこの谷もうずめつくして、森も林も、銀色にかがやく雪の花を、キラキラまぶしく咲かせました。
もう、すぐ、三才じかになろうとしていたジロッポは、雪景色をながめると、こきょうの甲斐(山梨県)の国が、なつかしく思い出されてなりません。
ジロッポの生れた所は、甲斐の国の、籠坂峠のふもとで、山中の湖の南がわにあるみつ林の、そのなかにある大ぼらのほらあなで、そこは、地水が暖かいので、冬でも地ごけや岩ごけが、青々と生えていて、野じかの食料には困らないよい場所でありました。
また、山中の湖は冬になると、いつも、湖のおもてを冷たい風がなぜるように走って、さざなみの音を立てていましたが、富士の山が朝日にてらされて、まっ赤なすがたを、さかさまに写していました。
しかし、ジロッポは、なつかしい生れこきょうのほらあなや景色より――ふぶきの夜に籠坂峠をこえて、
さまよいにげたそれからの、おそろしかったいろいろの旅の出来事を思い出していたのです。
それは………
大ぼらのあるみつ林のおくには、ジロッポの家ぞくのほかにも、野じかのなか間が、あちらこちらでむれを組んで、楽しく暮らしていましたが、ちょうど、きょねんの冬のことでありました――みつ林が、銀色の雪でおおわれたある夜から、毎夜のように、このみつ林のおくへ、三国峠の山犬が七、八っぴき、連をさそっておそって来ました。
野じかにとっては、山犬は、おそろしい強てきです。年とった大じかさえ、なかまの少ない時には、山犬の足あとを見つけただけでも、遠くへにげ去ってしまうほどで、野じかのすでは、心配な夜が、毎ばん続いていました。
そして、今夜も、また………
「ウヽヽヽ!!クオン!クオン!」
はげしいふぶきのひびきにまじって、山犬の遠ぼえが聞こえて来ました。
野じかのすでは、家ぞくを守る父じかが、夜の目もねむらず、けいかいの耳をそば立てていました――大きな耳の野じかは、森の向こうで、木の葉の動く音でさえ、よく聞き分けることができるのです。
「ウヽヽヽ!クオン!クオン!」
と、山犬の遠ぼえが、だんだんこちらへ近づいて来ると………
「また、来たな――」
見はりの父じかは、ねている家ぞくを、そっと起こして、
「じ―っと、しているんだよ――」
と、ひくい声で注意すると、子じか達は、ふるえ上がって、
「僕ら、こわいよ――」
こ年生れたばかりの子じか達は、ガサガサ母じかの、からだの下へもぐりこもうとさわぐので、父じかは、ハラハラしてたまりかね、
「もう少し、静かにしているんだ――」
と、しかりつけました。
でも、二才じかともなると、おそるおそる大耳を立てて、遠ぼえを聞こうとする子じかもいました。
が、山犬の遠ぼえは、とうげのなかほどで、急に、ハタとやんで、ただ、ふぶきのひびきだけが、はげしく荒れくるっていました。
しかし、それは、山犬が、しゅうげきをやめたのではありません――野じかのすへ近づくと、いつものせん法の、しのびよりで、ねらった野じかのすへ、足音をしのばせて、静かに近づいていたのです。
で、しばらくすると、から松林の向こうから………
「山犬だ!山犬だ!」
「みんな、来てくれ――!」
と、救いを求めるけたたましいさけびが、ふぶきをついて聞こえて来ました。
さあ、なか間のさだめです。なか間が危けんになった場合、みんなで助け合って、強てきに当らねばなりません。
で、見る見るうちに、野じかのなか間は、横なぐりに吹きつけるふぶきのなかを、から松林の野じかのすへ集まって行きました。
そして、首を内に、後足で円じんを作り、そのなかに子じかを守って、強いひづめでたてがきをかまえ、しっかりと、助け合いの輪を組みました。
「用意はいいぞ、さぁ、どこからなりと、やって来い――」
「これだけ、ひづめをそろえたからには、山犬なんぞに、負けてたまるものか――」
と、野じかのなか間も、元気よく気勢をあげました。
そうです。このひづめのたてがきにかかっては、どんなに大きな山犬でも、すぐ、けり飛ばされてしまうので、うっかりかかっては行けません。
それで、はい色の、一番年老いた山犬が、
「お前達半分は、うら手の方へ回れ――」
そう、さし図すると、山犬達は、二手に分かれて………
「よし、僕達は、うらのがけから、野じかの頭ごしに飛びこんでやる――」
と、その一手は、から松林のうしろにあるがけの上へ、ふぶきに向ってよろめきながら、ぐるっと大回りして行きました。
そして、ふぶきのくるうがけの上から………
「ウォー!ウォー!」
おどしのうなり声を、ほえ立てたかと思うと、パッと、金ちゃ色の、たくましい山犬が、先頭を切って、野じかの頭ごしに円じんのなかへ、サッと飛びこんで行きました。
続いて、二ひき、三びき…………
山犬は、だんがんのような勢で、はげしいとつげきを開始しました。
それで、助け合いの輪を組んでいた野じか達も、山犬が、頭ごしに輪のなかへとびこんで来ると、強いひづめのたてがきも、もう、なんの役にも立ちません。たちまち方向転かんです。
すると、そのすきをねらって、林の正面からも、うら手のこうげきをたすけるように、五、六っぴきの、若い元気な山犬が、年老いた山犬に連れられて、とぎすました白いきばをそろえ、するどくしゅうげきして来たので、野じかの円じんは………
「わぁ――!」
と言った一さわぎして、あっけなく、そうくずれになってしまいました。
で、子じか達は………
「おかあさん!こわいよ――」
「おとうさん!助けて――」
と、泣きさけんで、にげ回りました。
そして、その時でした。
あっ、あぶない!
ぶち毛の若い山犬が、きばをむき出し、一ぴきの子じかめがけて、まっすぐに飛びかかって来ました。
が、子じかが、サッと、からだをかわすと、若い山犬は、もんどり打って、ドサッとたおれてしまいました。
「アハヽヽヽヽ!おかあさん――山犬が、でんぐり返ったよ――」
と、元気にわらったこの子じかは、後にジロッポと呼ばれるようになった二才じかで、むれ一番の元気者です。
だが、母じかは、ハラハラして………
「また、来るから、子じかは、早くにげるんです――」
と、しかっても………
「うゝん、僕、ちっともこわくないよ――」
と、二才じかは、にげ出そうともしませんから………
「この子、なに、言うんです――早くにげるんですよ――」
そう言いながら母じかが、やっ気になって、二才じかをにがそうとしている間に、す早くとび起きた山犬は、、また、らんらんとかがやく目で、ぐっと二才じかをにらみつけて、こうげきのし勢を取りもどし………
「よくも、赤はじかゝせたな――今度こそ、許さんぞ!」
耳もさけんばかりに、大きく口を開いて、白いきばをとがらせ、ふたたび飛びかかろうとかまえました。
が、母じかの、
「おとうさん、二才じかが――」
助けを求めるそのさけびが終わるか終わらないうちに、タヽヽヽヽっと、父じかがかけよってこの山犬めとばかり、大きな枝づので山犬の、横っ腹の下からすくい上げ、
「この子を、取られてたまるかっ」
と、全身の力をこめて………
「えい!」
かけ声といっしょに、とげのいっぱいとがったいばらのぼさへ、たたきつけるように投げ飛ばすと、若い山犬は、
「キャン!キャン!」
鳴きながら、いたそうにしっぽをまいてにげて行きました。
おすじかのつのは、他の動物と争うためのものではありませんが、子じかの命には代えられなかったからでしょう。
しかし、また、その夜も、山犬達のために、から松林の子じかが、かわいそうに二ひきも、うばい去られました。
そうした山犬のしゅうげきが、夜ごとにはげしくなるにつれ、このあたりの野じかのむれは、みつ林のすをすてて、だんだん旅へ出て行く者が多くなって来ました。
で、ジロッポの家ぞくも、それから三日目のばん、山も谷も湖も、どこもかも、吹きつける雪けむりで見通しのきかないやみにすがたをかくして、ふり積む雪に足あとを消しながら、父じかが先頭に立って、道を南にとってにげ出しました。
だが、山犬のおそろしいついせきは、にげ出して行く野じかをつけて、どこまでもどこまでも追っかけて来ることを、年とった父じかは、よく知っていたのです。
山犬は、野じかの足あとが、雪のために消されても、よくかぎ分けることの出来る鼻で、野じかのにおいをかぎつけながら、追っかけて来ることでしょう。
それで、父じかは、家ぞくを連れて、ぎゃくに籠坂峠の尾根へ――風に乗った雪が、鼻のあなや目のなかへ吹きこむので、吹きおろすふぶきの方に半分せなかを向けるようにして、時々前足で鼻先やまつ毛の雪をかき落としながら、やっとのことで登って行きました。
そして、急に、南がわの山犬も通れぬようなけわしいがけの、雪ですべる岩かどを、横渡りにつたって、深い深い谷底へ飛びおりてしまいました。
やがて、夜が明けると、雪も止んだので、昼間の明るい間は、じーっと谷底の、みつ林のなかにかくれていました。が、また、夜が来て、すっかり暗くなると谷底を流れている小川の、氷がこびりついて、するするすべる岩から岩へ飛び渡って、こんどは、向こうがわの尾根へ、鳥の飛ぶようなはやさで、ぐんぐん一気に登ってしまいました。
そして、尾根の上まで登ると、星空が一面に広く開らけ、キラキラ星がまたたいて、北斗七星もはっきりと見られました。
「あっ、お星様だ――」
二才じかは、暗やみの谷底から出て来たことが、うれしくてうれしくてなりません。
母じかも、ほっとして………
「どうやら、あしたは、よいお天気のようですね――」
と、父じかに言いました。
が、父じかは、これを打ち消すように、
「だが、今のわし達には、一寸先も見通しのきかないふぶきの方が、かえって、ありがたいのだが
――」
父じかは、いつなん時、山犬が、飛び出して来るかも知れないので、まだ、なかなか心を許してはいません。
「でも、夜風が、こんなに吹いていますから、私達のにおいも遠くへ飛び散って、少しは、安心じゃあ
りませんか――」
「なぁに、このへんでは、まだまだ、安心することは出来ないよ、さぁ、少しでも早く、夜の明けない
うちに、南のふもとへ下ってしまおう――」
そう言う父じかの言葉に、みんなは急いで尾根を下ると、こんどは、山犬のほらあなのある三国峠のふもとをさけて、ぐるっと遠回りして、また、明神峠をも上り下りして、東の空の白らむころには、酒匂川の上流へたどり着きました。
ここまで来ると、山がひくいので暖かく、雪も氷もとけて、春のような感じがしました。で、子じか達は、からだを母じかにすりよせて………
「おかあさん、ここらで少し、休んで行こう――」
「僕も、足がつかれた――」
子じか達は、長い旅のつかれで、口ぐちにそう言ってせがみましたが、こうした旅のけいけんを、たびたび持っている父じかは、ふぶきで足あとをかき消し、風でにおいを吹き散らし、こんな遠い所までやって来ても、まだ山犬のついせきから、完全にのがれ去ったとは思われません。
で、父じかは、子じか達を元気づけるように………
「みんな、もう少しだから、もう、一ふんばり、がん張るんだよ――」
と、きつく言いつけると、横合いから母じかが、子じか達へ助け舟を出して………
「じゃァ、元気に川を渡った者から、向こう岸でしばらく、休ませてやることにしましょう――」
と、父じかへ、そう言ってくれました。
それは、この長旅では、初めて旅をする子じか達にとっては、大変なことだろうと心配した母じかの心やりからでありました。
で、この母じかの、助け舟に元気づいた子じか達は、われ先にと、ザブザブ流れを渡って、足がら村に近いつつみの上へ登って行きました。
すると、そのつつみの上には、野じか達のすきな川やなぎの木やくわの木が、あたり一面に生えていました。が、まだ春が遠いので、葉を落とした枝の先の新しいめは、小さくかたくてめを吹いていません。ただ、つばきの木が、二、三本、早咲きの白い花を、美しく咲かせていました。
それで、母じかは、父じかに………
「子じか達も、お腹をすかしていますから、何か食べ物を――」
と言うと、父じかも仕方なさそうに、
「それじゃ、私も、何かさがしてやろうか――」
と、父じかと母じかとが、あちらこちら食べ物をさがしていますと………
それを待ち切れないで、子じか達は、つばきの木に近づいて、冬にもかれないつばきの青葉をむしり取ろうとしました。
これを見ておどろいた母じかは、すぐ、子じか達の方へかけて来て、
「つばきの葉は、すじがかたいから、食べるとお腹をこわします――それは、昔から、しかの食べ物
じゃありません――食べてはだ目ですよっ」
と強く言って、首を横に大きくふって見せました。
母じかにしかられた子じか達は、
「ごめんよ、ごめんよ――」
と、ベソをかきながら、しりごみしましたが、また、こんどは、つつみの上に、大きく枝を張ったえのきのみきに、ぐるぐるからみついているあけびの、かれそうにしわひた太いつるを見つけました。
それで、二才じかが、一番にかけ出して、かれづるをかじろうと、えのみきに近づいて行くと、さっきから、えのきの枝にかくれて、子じかをねらっていた大きな金茶色の毛なみをしたてんが、ふいに、二才じかの、のどもとめがけて、サッと、おそいかっかて来ました。
が、ねらいは外れて、二才じかのかた先を、ガックと、するどいは先で、かみつきました。
「いたいっ、いたいっ――」
二才じかが、悲鳴をあげると、しゅう囲の子じか達は、思わず、パッと、みんな後へ飛び散りました。
だが、父じかと母じかはタヽヽッと、すぐかけて来て、父じかは、
「この大づのが、目にはいらないのかっ――」
と、大きな枝づのを、ぐっとかまえて、てんをおどしつけました。
てんは、大づのにおどろいて、
「うわぁ、こりゃ、かなわん――」
そうつぶやくと、たじたじ後ずさりして、向きを変えたかと思うと、すぐ、ガサッガサッと、もとの木の枝へ、素早くかくれてしまいました。
前にも言ったように、父じかの大づのは、他のけものと争うためのものではありません。おすじかを表わすためのものでありますから、あい手がにげれば、それでよいのです。父じかの方から追って行くようなことはしません。それよりも、てんにかまれた二才じかの、きずの手当てが大切です。
で、母じかは、二才じかを急がせて、
「きずは、すぐ、きれいな水で洗わなきぁ――」
と、鼻先で、ニ才じかを小川までおして来て、流れなかへ横にねかせ、ジャブジャブきず口を、きれいに洗ってから、ペロペロした先で、きず口につばをつけてやりました。
けもののつばは、きずのためによい薬で、さっきんざいの代りになるのです。
やがて、きずの手当てが終わると、また、父じかを先頭にして、野じかの家ぞくは、谷川ぞいに、しいの木やならの木の、ぞう木林をぬうようにして、すがたをかくしながら、上手へ上手へ進んで行きました。
が、ニ才じかは、かたのきずがいたむので、家ぞくから少しおくれて、ビッコをひきひきついて行くと、母じかが、心配して、時々後帰りして来ては………
「さあ、もう少し、元気を出すんですよ、いつものお前らしくもないではありませんか――」
と、頭で後から、おすようにして助けてくれました。
そこで、二才じかも、家ぞくからは、あまり遠くへはなれずに、みんなと一しょに、滝の下手の所までやって来ることが出来ました。
すると、その滝の下手は、尾根と尾根とにはさまれて両がわとも、急に、切り立った深いがけになっていて、こちらから向こう岸へ、長い杉の丸木橋がかかっていました。
父じかは、この丸木橋を見ると、
「かあさん、近くに、人間が住んでいるから、用心するんだよ――」
そう母じかに、そっと耳打ちすると、
「そうですね、こんな所に橋がかかっているのは、人間が近くに住んでいるしょうこですね――」
と、母じかも、心配そうな顔つきをするので、父じかは、
「では、下手へもどるか、それとも、このまま上手へ登って行くか、どちらにする――」
そう相談すると、
「せっかく、ここまで来たのですから、このまま登って行きましょう――」
と、母じかの言葉に、相談がまとまって、二才じか以外は、子じかもみんな、その長い丸木橋を渡りました。
それは、野じかのひづめが、ふたまたに分かれているので、どんなまるい一本橋でも、平気で渡ることが出来たからです。
だが、ビッコの二才じかだけは、かた足とびでは危けんで、この長い丸木橋は、どうしても渡れそうもありません。
で、二才じかは、
「おかあさん、待って――」
いつもは、元気者でも、家ぞくが向う岸へ渡ってしまうと心細くなって、半泣き声で呼びとめました。
母じかも、こまったと言った顔つきで、
「おとうさん、どうしましょう――私達では、渡してやることが出来ません――」
この母じかのオロオロ声に、父じかも、
「弱ったな、なんとかいい方法は、ないものだろうか――」
と、いくら考えてみても、しかの力では、丸木橋を渡してやれそうもありません。と言って、二才じかを残して自分達だけで、これ以上進んで行くことも出来ません。
で、母じかは、父じかへたのむような目つきをして………
「二才じかには代えられません。橋をもどることにしましょう――」
と、言いました。
それで、みんなもあきらめて、橋をもとへもどりかかると………
その時、下手の川ぞいの坂を、よく太った人間の子どもが、しばたばを山のようにかついで、二才じかのうしろの方――橋のたもとまで登って来ました。
おどろいた野じか達は、
「あっ、人間がやって来た――」
と、みんなににげ出そうとしました。
が、橋向こうの人間の子どもが、二才じかをかかえ上げようとするので、母じかは、たまりかねて………
「おとうさん、二才じかが!」
と、のどもさけるような声でさけびました。
が、父じかは、その人間の子どものおだやかな目を見ているうちに、けもののかんで、この子どもは、野じかをいためるような悪い人間ではないように感じて、
「まあ、そう、さわぐものではない――」
と、言い聞かせているうちに――人間の子どもは、やさしく二才じかをかかえて、こちらへ丸木橋を渡してくれました。
で、父じかと母じかは、かけよって………
「ありがとうございました」
「おかげ様で、二才じかが助かりました」
と、ニひきが、かわるがわる礼を言うと、人間の子どもは、二才じかを地面におろしてやって………、
「この子じか、二才じかだね――ジロッポだな――僕、金太郎と言う者だが、心配せずとも、君達をと
らえたりはしないよ――さぁこの滝の上の川原に湯が出ているから、ジロッポのきずを、よく暖めて
やると、すぐよくなる。早くそこへ、連れて行ってやるがいいよ」
「えっ、この滝の上に、きずによくきく湯が出ていますって――」
父じかが、そう言って聞きただすと、母じかもそばから………
「それなら、おとうさん、早く二才じかを、そこへ連れて行ってやりましょう」
と、どちらも、温泉のことをよく知っているようです。
そうです。けものや鳥のなか間は、地面の底からわき出る温泉が、きずや病気のために、大変よくきくことを、大むかしから自ぜんに知っていたのです。
「それじゃ、この坂を左へ登ると近道だから、早く連れて行ってやるがいいよ――」
と、金太郎は、道を指さしながら教えて………
「さあ、僕も、おそくならないうちに帰らないと、おかあさんが心配する――」
そう言い残すと、野じか達へ教えた道と反対に、坂道を右へとって、元気よく登って行きました。
その金太郎を見送りながら母じかは、
「人間にも、ほとけ様や神様のように親切な子がいるんですね――で、あの子の名前、なんとか言いま
したね――そうそう、金太郎さんとか言いました――」
と、うれしそうに言うと、父じかは、自分の感じは、間ちがっていなかったと言った口ぶりで………
「人間がみんな、悪者ばかりとはかぎらないよ――私は、あの子の目を見た時から、なんだかよい子だ
と感じていた――それに、あの子は、二才じかのことを、ジロッポとか言ったようだったな――私達
も、これから、二才じかのことを、ジロッポそう呼ぼうじゃないか――」
「それがいいですね、二才じかのために、おん人が、つけて下さった名前ですもの――」
「うん、そうしようそうしよう。これからは、みんなにも、そう呼ばそう――では、早く、滝の上まで
急ぐことにしようじゃないか――」
と、にげかけた子じか達を集めて、左がわのがけ道を、滝の上手へ登り切ると、広い川原へ出て来ました。
すると、ふいに、目の前の草むらから、バタバタッと羽ばたきの音が聞こえたかと思うと、こうの鳥が二羽、パッと飛び立って、りっぱな白いつばさを広げ、高い一本松の一番上の枝に作っている自分達のすへ、ゆうゆうと飛び去って行きました。
そして、その草むらから、ほかほかと湯気が、白く立ちこめていました。
「あっ、湯が出ている――暖かそうな湯が、あんなに一ぱい出ている――」
父じかは、温泉を見つけて、思わず、大声でそう言いました。
母じかも、それから、ホッとしたように………
「これで、ジロッポのきずも、すぐなおせます――さっきの、こうの鳥も、どこかからだが悪いので、
暖まっていたのでしょう――」
と、もう、ジロッポのきずがなおったような喜び方です。
そこで、父じかと母じかは相談して、いっそのこと、この川原の向こうの、はぜの木やかえでの木のチラホラ見えているぞう木林に、わし達のすを作ろうかと話合いましたが、なお、あたりを見回していると、一段と深い草むらのかげに、思いもよらない小屋がけがありました。
その小屋は、人間だけが持っている――は物と言うものを使って、森から木を切り出し、柱を建てて横木を渡し、雨つゆのかからないように、かやの葉で屋根をふいて、また、寒さや風をふせぐためにしゅう囲にかこいまで作ってありました。
そして、小屋のなかには、川原の石を積んで湯つぼを作り、温泉のわき出ている所と川の流れから、太い竹のふしを通して、二本のといを渡し、温泉と水とを湯つぼへ流しこんでありました。
それで、母じかは、足先で湯かげんを知ると、
「ジロッポを、ここでゆっくり暖めてやりましょう――」
と、ジロッポを湯つぼへ入れようとしましたが、父じかは、声をひくめて、
「この小屋は、人間の作ったものだから、早く暖まって行かないと、人間に見つかれば、とらえられる
かも知れないよ――」
そう言って、他の子じか達にも、早く湯へはいるようにせかせました。
で、母じかも、急いで、自分の鼻の先でジロッポのからだをおすようにして………
「さぁ、早く、きずを暖めなければ、人間が、お前を取りに来ますよ――」
と、言いながら………
親じかが、ニひきして、早く湯へ入れようとしますが、子じか達は、初めて見る湯気におそれて、なかなか湯つぼへはいろうとはしません。
そのうえ、なに思ったのか、ジロッポは、母じかの下をかいくぐるようにぬけ出して、小屋の柱と横木とを結びつけてあったふじつるをかみ切ったので、バサッと、小屋が、横にたおれてしまいました。
びっくりした母じかが、
「これ、ジロッポ」
と、言うのもまたないで、父じかも、
「お前、なにをするのだっ」
と、思わず、声を大きくしました。
しかし、こうなると、しかの力では、小屋のしゅうぜんが出来ませんから、人間に知れないうちに、早くにげ出そうと思って、父じかと母じかは、すぐ、子じか達を連れて小屋から飛び出しました。
が、父じかは、この小屋がけをした人間が、小屋をたおしたことを知れば、かならず自分達をとらえに来るだろうと心配になって………
「人間に見つかると大へんだから、みんな急いで、川原を走るんだ――」
そう命れいするように言うと、みんなもおそろしいのか、つかれていた子じか達まで、小石のゴロゴロ多い川原をピョンピョンかけて、ぞう木林のなかへ、すがたをかくしてしまいました。
そして、ぞう木林のなかでも、足あとを残さないように、ところどころ雪の残った深い落ち葉の上の雪をさけながら、林の向こうへつきぬけると、そこは、高いがけの下で、そこからは、急にけわしい尾根がせまっていたので、父じかと母じかは、もう歩くこともいやがる子じか達を連れていては、この尾根ごえは無理だと思って――尾根のすそにそって、子じか達をしかりながら追い立て追い立て、日当たりのいい雪のとけた道を、自分達の足音を気にしながら、しばらくみんなで進んで行きました。
すると、その行手をはばむように、尾根のすそから一面に、せたけよりも高いささむらが、うっそうとおいしげっていたので、もうこれ以上進むことが出来なくなってしまいました。
それで、野じか達は、ちょっとこまっていましたが、あちらこちらかけ回った父じかが、そのささむらの地面を二つに分けて流れている細いさわの流れを見つけ出してくれたので、みんなは、ささむらの下をくぐるようにして、浅いさわの流れをさか上って行くと、思いもよらないくぼ地にぬけて来ました。
そして、そのくぼ地は、尾根に続く北がわに、かえでの木のいっぱい立ちならんだ丘があって、東と西と南の三方は、高いささむらが、深いかき根を作っているように、ぐるっとくぼ地を取りかこんで、くまざさが、冬で黄色くなっていましたが、のぞきこむすき間もないほどはえていたので、外からは少しも分かりません。で、ここなら、そうかんたんに、人間や山犬にも発見されないだろうと思いました。
また、南がわのすみには、秋の末ごろから散り始めたかえでの葉が、丘の上から吹きよせられて、ちょうどよいねどこまで出来ていました。
そこで、父じかと母じかが、なおもよく、あたりを調べてみると、丘の向こうがわと尾根との分かれ目の、がけとがけとの岩の間からわき出ているいずみの水が、にじむようようにくぼ地へ流れこんで、また、ここでも、いくつかの、きれいなさわを作っていて、飲み水はじゅう分だし、一番下の水だまりでは、からだを洗うことも出来ました。そして、さわのほとりがしめっているので、まだ冬だと言うのに、地ごけや、岩ごけが青々と、ささむらの下まで生え広がっていました。
で、父じかは、
「ここに、わたし達のすを作ろうと思うが――」
と、相談を持ちかけると、母じかも喜んで………
「ここなら、いいいでしょう――冬の間でも、家ぞくの食べ物には不自由しませんもの――」
「そうだよ、それに、さわの流れをにごさないよう通って出入りすれば、足あとも残らないから、こん
な深いささむらのおくに、わし達が住んでいるとは、人間も山犬も気がつくまい――また、夏には、
さわのどろや、すなをからだにぬって日にかわかせば、蚊やぶよなどの、悪い虫をふせぐことも出来
る――こゝは、わし達野じかのすを作るには、またとないよいくぼ地と言うものだ――」
そう言った父じかは、三日ぶりで、少し気もほぐれて、ほがらかな気分になったようです。
四、なわを回して
野じか達が、くぼ地にすを作った初めの間は、ジロッポは、まだきずがいたむので、いつも母じかのそばでうずくまっていましたが、十日あまり過ぎると、ジロッポのきずは、もとのようになおってしまいました。
そうなると、いつも元気なジロッポは、くぼ地などで、じっとねてはいられません。
いたずら子じかのジロッポは、
流れの水でジャブジャブと
きれいに毛なみを洗ったが
どろんこごっこでどろまみれ
さぁ 大変 しかられる
ヒーヨヒーヨ ヒーヨヨ
いたずら子じかのジロッポは
すました顔して森の道
ひづめ自まんでかけ過ぎて
かあさん所へ帰れない
さぁ 大変 どうしよう
ヒーヨヒーヨ ヒーヨヨ
(曲譜スカウティング誌五八号一頁)
こんな平和な日が、いく日か続くと、急にかけ足で春がやって来たように、雪や氷がとけ始め、滝の流れが、ひびきを立てて春を呼んでいました。
だが、野じか達は、ここへ来てからまだ、一度も人間に出会ったことがありません。それで、みんな人間をけいかいしながら、若草をさがして、温泉の出る川原のつつみまで出て行きました。
そして、父じかだけで、もっとあたりの様子をよく知っておきたいと思って、つつみづたいに川を少しさか上がってから、ジャブジャブ水かさの増した川原を向こ岸へ渡ると、そのつつみに続いた丘一面に、人間のたがやした広い畑がありました――そして、まかれた種が、春を知ったのか、土の下からむくむくと、強い力で地面を持ち上げようとしていました。
で、父じかが、
「もう、すぐ、春だなぁ――」
と、思いながら、暖かい空気をむね一ぱいにすっていると、いつからついてきたのか、父じかの後から、いきなりしジロッポが飛び出して、畑のなかまではいって行こうとするので………
「畑へ、はいってはいけない――畑を荒らすと、人間が、しかがりにやって来る――お前は、川原の湯
で暖まって、一日でも早く、きずあとをよくするのだぞ――」
父じかは、そうしかりながら大づので、ジロッポのからだをおすようにして、川原の小屋までもどってきました。そして、よく見ると、小屋は、ジロッポが、こわしたままだと思っていたのに、もとのようにしゅうぜんしてありました。それで、だれが、しゅうぜんしたのであろうかと、ふしぎに思いながらも、小屋の近所で待っているはずの家ぞくが、一ぴきも見当たらないので………
「ヒーヨ!ヒーヨ!」
声をはり上げて、家ぞくへ合図をしましたが………
「ヒーヨ!ヒーヨ!」
こだまが、帰って来るだけで………
「――――――――――」
家ぞくからは、なんの返事もありません。
それで、父じかは、心配で心配でたまりません。ジロッポを湯に入れるひまもなく、けん命になって家ぞくのにおいと、足あとをさがして、あちらこちらとかけ回りました。
そして、ようよう父じかは………
「あっ、足あとだ――」
と、滝の横道に、野じかの足あとを発見しました。
が、どうしたことでしょうか、大きな山犬の足あとが、野じかの足あとと入りみだれて………
「一っぴき、二ひき、3びき――」
さぁ、大変です。
三国峠の山犬が、足がら山の滝の上まで、野じかの足あとを追って来たのでしょう――とすると、野じかの家ぞくは、どうなっていることか、このまますてゝおけば、どうされてしまうか分かりません。
と言って、年とった大きな父じかでも、なか間の協力がないかぎり、三びきの山犬にはかないません。しかし、父じかは、家ぞくのしどう者です。家ぞくを見ごろしにすることはできません。危けんをおかしてでも、みんなを救わなければなりません。
そう決心すると、父じかは、ただ、家ぞくを助けたいために、む中になって家ぞくの足あとを追って、滝の横道を一散にかけおりて行きました。
父じかが、いなくなってしまうと、いつも元気者のジロッポも、急に心細くなって………
「おかあさん――どこへ行ったんだ――」
と、泣き出してしまいました。そして………
「僕、一ぴきになってしまって、さびしいよ――」
と、父じかの後から、けわしいがけ道を、おそるおそる一歩一歩用心しておりて行くと、ちょうどその下は、滝つぼでゴーゴー雪どけの水が、高いしぶきを立てて落ちていました。
こんな大きな滝を初めて見るジロッポは、なんだか滝つぼへ、すいこまれてしまいそうな気がして、冷たいしぶきがかかると、首をちじませて、ぶるぶる足までふるえて来ました。
そして………
「おかあさん――」
と、また、大声で泣き出しました。
だが、ジロッポは、子じかでも、けものの習せいで、家ぞくの足あとだけは見落とすまいと、大きな目をまるく開いて、足あとをさがしながら行くと、がけに続いた山と山との間に、細い用水路があって、滝つぼから水が流れ出していました。
そして、用水路に両がわから、ぞう木や、さゝむらがおおいかかって、昼でもまっ暗なズイドウになっていました。また、用水路には、深く落ち葉が重っていて、その下をくぐるように、きれいな水が流れていました。
よく見ると、その水をにごらせて通った野じかや山犬の足あとが、落葉の上にうすく残っています。
ジロッポは、見うしなったかと思っていた足あとの続きを発見したので………
「おやっ――」
と、思って、ズイドウのなかをのぞいて見て………
「まっ暗やみだ」
と、ちょっとしりごみしました。
だが、すぐ、その後から、子どもらしいこうき心がわいて来て、思い切ってザブザブ、曲りくねった用水路をおそるおそる進んで行くと、急に目の前が、パッと明るくなって、まぶしくてまぶしくて、思わず目を閉じてしまいました。
が、しばらくして、そっと目を開けて見ると、そこは、ズイドウの向う口で――その外では、三びきの山犬と人間の子どもが、はげしいたたかいを始めていました。で、ハラハラさせられながらもよく見ると、その人間の子どもは、自分をいたわって、丸木橋を渡してくれた金太郎だと分かりました。
それで、じ―っと息をのんで見守っていると――金太郎は、じょう夫なふじづるの先に、石のようにかたいかしの木のぼう切れをしっかり結びつけて、それをぐるぐる水車のようにふり回して、山犬どもを追っぱらおうとしていました。
強い力の金太郎が、力一ぱいふり回すぼう切れに、三びきの山犬は、どうすることも出来ません。ただ、とぎすましたは物のようにするどいきばをむき出したまゝ、遠巻きにうなるだけで、ぐるぐる生きもののように回るぼう切れを見ていると、自分たちの目まで回ってしまいそうです。
山犬どもにとっては、人間の金太郎よりも、ふじづるの先のぼう切れが、おそろしくておそろしくてなりません。
ちょっとでも油だんをすれば、すぐ、ぼう切れが飛んで来るので………
「ハーァ、ハーァ――」
荒い息をつきながら、少しの休みもなく自分達の目も、ぐるぐる回していなければなりません。それで、山犬どもは、だんだん気がくるいそうになって来ました。
それで、若い方のぶち毛をしたおす犬は、もう、しんぼうできなくなったのか、
「ウヽヽ!――」
と、きばをかんでねらいをつけ、ブルンと身をふるわせたかと思うと、パッと一ペンに、自分のからだの五、六ばいも飛んで、遠くからぼう切れへ、サッとかみついて来ました。
が、それと同時に、
「えいっ!」
かけ声するどく、金太郎も、ふじづるを持った手首を、グッと急に、一たぐりたぐりました。
すると、ぼう切れが、山犬の横っつらを、カ―ンとたたきつけたので………
「キャン!キャン!キャン――」
悲鳴をあげて山犬は、そこから十二、三メ―トルもはなれた太いみきのいちょうの根もとまで、からだごとはね飛ばされてしまいました。そして、しばらくは、ぐったりたおれたままで、すぐには、起き上られそうもありません。
これを見ると――今まで、きばをむいてうめきながらも、じっと一と所に立って、ただ目だけ光らせて、回るぼう切れをにらんでいた母犬らしい、まっ黒な毛の山犬は、らんらんと光る青い目を、一そうするどくかがやかせて………
「よくも、むす子を――」
と、首の毛をさかだて、ぼう切れの回る速さに………
「ハ―ァ ハ―ァ――」
息を合わせていたかと思うと、
サッと、急に大きく飛んで、カクッと、ぼう切れにかみつきました。
が、けんのようにするどいきばでも、石のようにかたいかしの木のぼう切れは、かみくだくことが出来ません。それどころかかえってきょう犬のようにかみついた自分の力で、ボキッときばが、根もとから折れてしまって………
「キャン!キャン!」
と、一声 二声、鳴き残して、すぐ一目散ににげて行きました。
で、ジロッポも、少し安心して、ズイドウのなかから出て見ようと、二、三歩あるきかけると、ふいに、パッと目の前を、黒いかげが通り過ぎたので、思わず首を、ハッとちじめました。
が、よく見なおすと、そのかげは、はい色をした大きなおす犬で、初めは、おれが年寄りでも、けいけんがあるから人間なんぞに負けないぞ、と言ったおごりを顔にうかべ、金太郎を、ぐっとにらみつけたまま、くんくん鼻を鳴らして、ぐるぐる金太郎のしゅう囲を回っていました。
だが、この父親らしい山犬は、二ひきの失敗を知っているので、なかなかすぐには、おそいかかって行こうとはしません。
と言って、にげれば、すぐ、ふじづるがのびて来て、ぼう切れにたたきつけられるので、進むこともしりぞくこともできなくなっていました。
しかし、しばらく、ぐるぐる回っているうちに、犬の習せいも手つだって、むやみにかみつきたくなったのか――でも、そこは、老犬のこととて、長年のけいけんで、
「うぅ――」
と、一うなりうなるとはやてのように、す早く飛びこんで、あっと言う間に、サッと、ぼう切れにかみつきました。
が、金太郎は落ちつきはらって、少しななめ横にふじづるを、だんだん早く強く回したので、山犬は、ぼう切れをくわえたままちゅうにういて、ぐるぐるふり回され、その速度が加わると、クラクラッと目が回り、なんだか気まで遠くなりそうです。
そして、山犬が、すごい勢いで、上向きに回ろうとした時、
急に、金太郎が、
「えーい!」
と、さけんで、投げるようにしてふじづるを、ポイッとはなすと、山犬は、ちょうど鳥でも飛ぶように空中を大きく飛んで、向こうに見える丘をこえて、遠くみえなくなってしまいました。
こうして、山犬が、全部こらしめられてしまうと、どこからともなく、野じかの家ぞくが現われて、しかの習かんであるうれしい時の感じを表すトン、トン、トンと、前足で地面をたたきながら、みんな金太郎のそばへ、からだをすりよせて行きました。
それで、ジロッポも………
「おかあさん――」
と、ズイドウのなかから出て見ると、そこは、広い畑で、畑のうしろには高い丘があって、かやぶきの小さい家が建っていました。
そして、その家の前に、白がまじりのかみをたばねてうしろへ長くたらした金太郎の母が、山のなかでくらしている人とも思えないほど、きちんと着物をつつましく着て、やっと安心したと言ったほほえみをうかべ、金太郎や野じか達を見つめながら立っていました。
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